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2024年05月06日
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またも寝ぼけながら書くのだが。

2014年03月04日
芝居の稽古を見ていて(よく演出しているから)時々ドン引く時がある。
時々『うるさいなぁ、もう』と心の中で呟く時がある。
時々「俺何を言っているんだ?バカじゃねぇの?」とかその役の心を語ったりシーンの意味を語ったりしている時に思ったりすることがある。
多分、やっている人達もそんな自分と戦いながら、一つの作品を創り上げて行くという意思のもと、気力を振り絞っているんだろうなぁと、勝手に思っている。

限度は人それぞれだ。
私は、多分SF系は無理だなと思う。
超能力使ったり、拳銃でのアクションとかは、十中八九無理。
あ、それで笑いをとろうって感じだったら有りだとおもうけど。
あと、恋愛系も無理だな。
チュッチュチュッチュのキスシーンも無理。
キスシーンに「駄目だよそれじゃ!もっとこれで最後のくちづけなんだって思いの丈を込めて!」なんて、そんな事、恥ずかしくて言えない(赤面)
「やっと巡りあった喜びの抱擁を!」とか、言えない。

と、まあ、ぶっちゃけて語っていくと、自分がいかに演出に向いてないのかがよく分かる。

恥知らずでなきゃ(語弊はあるよ)演出なんてできゃしないんだ。
そして、やっぱり恥知らず(語弊あり)でなきゃ役者もまたできゃしないと思う。

なにより、恥知らずでなきゃ、台本だって書けやしないよ。

私が単なる座付き作家であれば、稽古なんて顔出しゃしないね。
本番すら見に行かないかもしれない。

…時々思う。
私、いったい何がしたいんだろう。。。。

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基本的にダウン系な、私なので、ある。

2014年02月26日
基本的にダウン系な、私なので、ある。

だから、顔を上げて胸張って前向きに歩いて居る人が居ても「前向くしか無いっしょ!」系の発言をする場合は大概、虚勢を張ってるな、或いは崖っぷちだなって思っちゃいます。
ホントにそうなら、別に口にするまでもなく、そうしてるからね。
口にするってことは呪文を唱えるのと同じ事。
云えば云うだけ、回りと自分を欺こうとしているんじゃないかなぁ、と、自分を鑑みて想像するわけです。
あくまで狭い了見での想像です。

はい、落ちてます。

落ちてる時は、もう誰が何言っても無駄。
自分で何考えても無駄。

回復には時間を要し、それがどれくらいの時間なのかも不明。

とりあえずは、一週間美味いもの食い倒しました。
豪勢な外食生活です。

月曜日焼き肉、火曜日サンマルクでディナー、水曜日どろ焼きもんじゃ~、木曜日はお休みで、金曜日韓国居酒屋、土曜日会社で焼き肉、日曜日また焼き肉、月曜日しゃぶしゃぶ

…丈夫な胃袋持ってます。
焼き肉焼き肉からのしゃぶしゃぶは、ワタシ的には3焼き肉でも構わなかったくらいですが、相手さんが前日の焼き肉で胃もたれしたそうで、しゃぶと相成りました。
もう一度言おう、丈夫な胃袋持ってます。
胃もたれってなあに?のこの腹具合。

ま、お陰様で、びっくりするぐらいズボンがきつくなりましたね。

あははー

ズドン。
そんな音が聞こえたのは、もう半年以上前の話です。
その煽りを受けてか、書くモノも、どうにもダウン系しか書けませんでしたなぁ。
良いとか悪いとかはわかりません。
良いと思える事しかしていないつもりだし、判断は見に来てくださった方がそれぞれにつけて下さるモノです。
私なりに書きたいこと書いたし、演者の皆さんは大変良い仕事を果たして下さったと思ってます。
演出としても、ダウンしてても、あまり関係なく物事を進めて行けるだけの状況は整ってますし。
誰に見てもらいたいか、感じてもらいたいかがブレる事もありえない話。

ただ、私が「フワリ」と浮上することはなかった。
無いだろうなぁと思ってたんですが、やっぱりなかった。
無いだろうなぁと思ったことが敗因だと、薄々感付いちゃいても、思うことまで止められませんしのぉ。
さて、どこでどうしたら浮き上がるのか。
何がどうしてオチたのか。

もうどうだってイイと思い始める前に、出来れば浮上して欲しいけど。
こればっかりは、他人ごと。
自分でどうこうなるものじゃなし、ぼんやりと様子を伺うこととします。

所詮、どうせ、結局…繋がらない思いの果てに、そんな冠のつく言葉を吐くことが無いように…と、今は祈るしかないのでしょう。

まあ、何にしても……(何か良からぬ事を考えた)……ぁぁ、ほらっ(遠い目)…と、いうことで、まとめられない。


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お前の本気はどの程度だ。

2014年02月14日
「お前ソレ本気なのか?」
なんて、人に言ったりするんです。
おこがましいですよね( ゚Д゚)y─┛~~

これはね、本当の事を言うと、全部おのれにむけられた言葉なのですよね。
言ってる瞬間は気づきもしない、愚かな人間です、わたし。

言葉ってね、不思議だなあとおもうんです。
相手に言っているようでいて、全部自分に言っている。

「お前、本気なのか?」

自分に問いたいわ。
問いただしたいわ。
お前はどんだけ本気なんだ、とね。

いや、ね、いつだって本気ですよ。
本気…の、つもり。
でもなぁ。
足りないんだよなぁ。
全然足りない。
なんだよ、この体たらく。
なんだよ、この程度の本気なのかよ。
もっとだ、もっともっともっともっとだ!
血を吐くくらい、血便血尿当たり前くらい死力を振り絞らんかいっ!

もっとギリギリまで引き絞らなきゃダメだ。

そう、思う。
もっと身を削らなきゃダメだと、本当に思う。
ト書き一つ、台詞一つ、もっともっと自分を切り裂いて引き裂いて創り上げなきゃあかんやろ。

それでもその時は、必死なんです。
その記憶はあるけれども、読み返せば読み返すほど、役者の皆さんが紙に書かれたテキストに命を与えれば与えるほど、それに見あう言葉を作り出せたのか、お前、とおもう。

もっともっと。
もっとずっと。

もう阿呆でいいよ。
金にもならないこと、生活の糧にもならないことに、もっと死ぬ気で取り組みたいと、軽々しくも思うわけです。

本番を前にして、それでもまだ足りないと、足掻く私を、どうぞ皆様笑って見守ってくださいませ。

本気で頑張ります。

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ヘタレてましたが、体調の回復と共になんとか這い上がりました。

2014年02月12日
今日気づいたこと。

今までソフトギアの芝居をご覧になったみなさんには周知の事実かもしれませんが、私の書くお話には3つのパターンがあるようです。
一つの不動の始まりと、そしてそれに連なる2つの結末ともいえるお話。

1つ目のパターンは、深い後悔や悔恨を生む、トラウマ炸裂のどうしようもない話
2つ目のパターンは、そういった後悔を優しく癒やし、後悔を抱えていてもいずれ報われるよ、という話
3つ目のパターンは、そんなの気にしてても仕方ないし、端から気にしないでいいじゃんという話

基本この3つのパターンの話しか書いていないような気がします。

人生に関わるトラウマが発生する、という始まりはどうも不動のパターンらしく、どのお話にもそれは少なからず関わっているみたいです。

1つ目のパターンに属する代表作は「花笑み」でしょうか
2つ目のパターンの代表作は「月光町シリーズ」
3つ目のパターンは、言わずもがなの「ワタヌキさんシリーズ」

そう考えると、「ワタヌキさん家の結婚式」「月光町奇譚~まつりのはなし~」「花笑み」を上演した2012年は、ネタを一気に大放出した年でもありますね(笑)

ところで、今作「灯シビ目指シテ歩メドモ、」は、何処に属するんでしょうか?
珍しく、1~3が混濁した作品になっているような気がします^^
というか、どうも、そのどれにも属さない話になっている気もして…
気がついたら、新たなパターンの開発って事になっているかもしれないなぁとか思ってます。
お客様の反応が、楽しみでも有り恐くもあり^^
でも、それがイイ!

もっともっと視野を広げて、もっともっと面白いお話が書きたいです。
それには、私自身がもっと私以外に目を向けないといけないなぁとかおもったり。

そうしてまた、お客様からの反応を戦々恐々しながらまつのですよ。
これだから、お芝居は止められませんな。

ほほほー

ともあれ、間もなく開演です!がんばりますよ、がんばりますとも!

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体調が悪いんですよ。orz

2014年02月10日
仕事もバリバリして、芝居もビシビシやれる状態でないと、精神的にも安定しません。
そのためにはなによりも健康一番です。
ところが、此処に来て、福井体調がたがたです。
仕事の方にも張り合いを感じなくなってきました。
単純に疲れてるんだと思います。
芝居の方はあいも変わらず楽しいし手応えも感じているんですが、この調子だといずれそっちにも悪い気が侵食してきそうで怖いです。
日々の生活にも、仕事にも、友人知人関係、そしてもちろん芝居にも、注げる限りの情熱を注ぎたいのが理想ですし、不可能なことではないと思うのです。
自分のあり方、考え方一つで、情熱は注げるもんだと思ってますし、信じています。

繰り返しますが、そのためには健康が一番なのです。

自己管理怠ってたつもりはないんですが、いや、例え風邪を引いたとしても、薬飲んだり病院行ったり、休める時にはしこたま休んだり。
栄養も十分とってね、やれることはしてきたつもり。
物理的な時間の足りなさは、メンバー全員力で補ったりもしましたしね。

しかし、今週末に公演を控えて、この体調。
これはもうアレですね、なんとか気力で乗り切るしかないのです。
がんばるます。
がんばるますとも。
だって、お客さんのメンバーの喜ぶ顔がみたいもん。
やってよかった、見てよかったって言ってくれる顔がみたいもん。
何より自分がそう思いたいもん。

それだけなんですよ。

訴えるべき言葉も思想も持たない私が、唯一つ言いたいことは、ダメでもやれることを精一杯やったら、たとえソレがマイナスの方向に突っ走ることだったとしても、他人から誹られる行動だったとしても、少なくとも本人には悔いは残らんでしょう、と。
そういう事なんじゃないかなぁ、と。
杭の残らんように生きたいもんです。
人生の山場を超えて、ラスト数十年、ヘタしたら十数年、そんな残りの人生にもう悔いは残したくないんです。

ヤレないことをやろうとしているんじゃない。
やれることをやれるだけ、精一杯。
人から「面白い」と思われる作品を一作でも多く。

そんだけです。
想いはただそれだけ。

喜んでもらえたらいい。
不愉快だと思われるのもまたいい。
誰かのココロを動かせれば、それが一番いい。
何かを感じ取ってもらえればいい。
どんだけどん底の物語を書こうとも「ああ、そこに居たことあるよ、私」と思ってもらえる「どん底」を描きます。
そして、そのどん底から這い上がる力こそが、日々歩き続ける力となっているんだなぁと、思っていただけたら…それが、私のメッセージです。

ところで、人間って凄いなぁと思える事が先日有りました。

些細な事です。
仕事で気持ちが濁ったまま、肩を落として帰宅したら、母からの置き手紙がありました。
彼女からお願いされていた事をうっかり忘れていた私に対する罵りに近い置き手紙でした。
なんだかとてもつらくなって、疲れた体を引きずりながらその用をすまそうとPCを開くと、うんざりするようなメールが入ってました。
開くのも嫌なそのメールも開かねばならない事情で開いてみたら、更にぐったりとする内容。
間髪入れず別の人からメールが入り、その内容もまったく気乗りしないもの。
しぶしぶそれを受け、あれこれたまった懸案をこなしていこうとしていたら、ことごとく様々な事情で片付きません。
もう本当に嫌だって気持ちになったところで、懸案を片付けられない私に各方面から非難の声が上がります。
反論する気力もなくぐったりしていると、トドメに帰宅した母から、書類上のミスを指摘され、まあ彼女もイライラしていたのでしょう、ものごっつ明確に罵られました。
普段なら、怒りをぶつけてしまう私だったのですが、その日ばかりは、もう情けなくて悔しくてどうしようもなくて、体中から力が抜け、反論する気にも立ち上がる気にさえならずにおりましたら、今度は「無視している」と更に罵られました。
もう死んでしまいたいような心持ちで、薬を飲んで布団に潜り込み、もう起きたくもない、と眠りました

が、翌朝目覚めると、昨夜の気持ちは何処かへ行ってしまっていたのです。
もうどうでもいいやってくらい、清々しい気持ち。
人間のリセット機能って凄いですよね。
我ながらびっくりしました。

ああ、何がイイたいかというと、体調悪くて、この公演間近の最終に近い通し稽古に行けませんでしたわたくしが、あまりの胃痛に眠ることが出来ず、健康を損ねた自分に芝居を続ける資格はあるのか、というマイナー思考に囚われてウジウジしているということです。
そして、おそらく、明日目覚めたら、また気力が充実しているんだろうな、ということなのです。

うん、明日になったらきっと元気になってます。
お目目ぱちくりで元気に大ぼら吹いているんだと思います。

そいう、ひこずらないところが私の美点だと信じています。

ごめんなさい、道眠剤多めに飲んだので、文字もまともに見えないくらい朦朧としております。
そんな私の本日のノルマ(ブログ)でした。

次の火曜日が最終の通し稽古です。
きっと元気になって頑張っているはずです。

がんばるます、がんばって良い作に仕上げます。

そんで、終わったら、きっと旅をしようと思っています。
どうか、みなさんの何かの力になりますように。

眠いのでシリメツレツですが、つまり言いたいことはそういうことですた。

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